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青森地方裁判所弘前支部 昭和52年(な)1号 決定 1979年4月16日

主文

請求人に対し、金九一万五〇一六円を交付する。

理由

一本件費用補償請求の趣旨及び理由は、いずれも請求人代理人ら作成の、昭和五二年三月一九日付費用補償請求書及び同年七月一一日受付の要請書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。その要旨は請求人は、殺人等被告事件につき、有罪の確定判決を受け、服役したものであるが、右事件に対する再審請求事件において、同年三月一日、殺人罪について無罪が確定したので、刑訴法一八八条の二以下の規定により、右裁判に要した費用の補償を求めるというにあり、なお右補償に当つては、再審請求手続(再審請求棄却決定に対する異議手続を含む。)に要した費用(右手続についての弁護人であつた者三〇名に対する報酬を含む。)についても補償されたく、その額に関しては、請求人及び弁護人であつた者の旅費、日当、宿泊料については、現行の基準額で、また弁護人であつた者の報酬については、日本弁護士連合会の報酬基準の最高額にて補償されたいというものである。

二当裁判所の判断

1  本件請求の要件について

請求人に対する殺人等被告事件記録(一審―青森地裁弘前支部昭和二四年(わ)第一三一号。第一三二号、控訴審―仙台高等裁判所昭和二六年(う)第二九八号、上告審―最高裁判所昭和二七年(あ)第四一一三号)及び、本件請求人の請求にかかる刑事再審請求事件記録(仙台高等裁判所昭和四六年(お)第一号)、再審請求棄却決定に対する異議事件記録(同裁判所昭和四九年(け)第九号)(以下これらを本案記録という。)並びに本件記録によれば、以下の事実が認められる。

(一)  請求人は、昭和二四年一〇月、殺人。銃砲等所持禁止令違反被告事件につき、青森地方裁判所弘前支部に起訴され、昭和二六年一月一二日、同裁判所で殺人罪については無罪の判決を、銃砲等所持禁止令違反罪については罰金五〇〇〇円に処する旨の有罪判決を言い渡されたが、検察官から控訴の申立てがなされ、これを審理した仙台高等裁判所は、昭和二七年五月三一日、原判決を破棄し、殺人罪についても有罪を認め、請求人を懲役一五年に処する旨の判決を言渡し、右判決は、昭和二八年三月三日、上告棄却の判決により確定したこと。

(二)  請求人は、昭和四六年七月一三日、仙台高等裁判所に前記殺人罪についての再審請求を申し立てたところ、同裁判所は、昭和四九年一二月一三日これを棄却したが、右棄却決定に対する異議申立に対して、昭和五一年七月一三日異議を認め、原決定を取り消し、再審を開始する旨の決定をなしたこと、そして、再審の結果、同裁判所は、昭和五二年二月一五日、原一審判決で無罪となつた殺人罪について検察官の控訴を棄却する(なお、前記銃砲等所持禁止令違反罪については、前記有罪の確定判決に従つて、刑の量定のみをなし、罰金五〇〇〇円を言渡すとともに、未決勾留日数中、その一日を金一〇〇〇円に換算して、右罰金額に満つるまで、その刑に算入した。)旨の判決をなし、同判決は、同年三月二日確定したこと。

(三)  請求人は、刑訴法一八八条の三の二項所定の請求期間内である。昭和五二年三月一九日、当裁判所に、前記無罪判決についての費用補償請求を申し立てたこと。

以上の事実が認められ、そして、これに対し、前記本案記録を精査するも、請求人において、有罪の証拠を作為する等、刑訴法一八八条の二の二項所定の事由の存在は、これを窺うことができないので、本件請求は理由があり、請求人は、国に対し、相当額の費用補償を請求しうるものというべきである。

2  補償されるべき費用の範囲について

補償されるべき費用は、刑訴法一八八条の二所定の、無罪の判決確定までの裁判に要した費用であつて、原裁判手続及び再審開始決定後の公判手続に要した費用が、これに含まれることは明らかであるが、本件において、請求人らが求める、再審請求手続(再審請求棄却決定に対する異議手続を含む。)に要した費用(弁護士報酬を含む。)は、以下の理由により、補償の対象とならないものというべきである。

すなわち、刑訴法一八八条の六の一項の規定に鑑みれば、同法一八八条の二の一項本文にいう「その裁判」とは、被告人の刑事責任を直接審理するため、被告人及び弁護人の出頭すべき公判期日等のある、通常の公判手続を指すものと解すべきところ、再審請求手続は、あくまで、再審を開始し、公判手続を進めるべきか否かを決定するためのものであつて、公判期日それ自体は存在せず、また再審が開始せられた場合においては、結果的に公判準備としての役割を果すことは否定し得ないものの、これをもつて、刑訴法の予定する公判準備ということもできないからである。

なお、本件において、請求人に対する銃砲等所持禁止令違反罪(前記殺人罪についての訴因とは、併合罪の関係に立つもの。)については、有罪判決が確定していることが明らかであるが、前記本案記録によれば、右銃砲等所持禁止令違反罪についての実質的審理がなされたのは、原一審の第一回公判期日のみであり、その審理の状況も、犯罪事実の存否につき争いがなかつたことから、弁護側で証拠として取調べることにつき、同意した関係各証拠を取調べたのみで審理が終了したこと、そして、そのあと引続き、後に無罪となつた殺人罪についての審理が行なわれ、それについての証拠物の取調べが行なわれたことなどの事実が認められるのであつて、これら審理の状況、各事案の性質等に照らせば、右期日も、実質的にみて、殺人罪の審理に要した期日と認めるのが相当であり、したがつて、これを補償の対象から除外すべきものではないと解する。

なお、その他、本件において、刑訴法一八八条の二の一項但書所定の補償除外事由は存しない。

3  補償額算定の基準時について

請求人らは、被告人及び弁護人であつた者の旅費、日当、宿泊料などについて、現行の基準額で補償されるべきである旨主張するが、立法(法改正)の経緯に照らせば、本件費用補償制度は、無罪の裁判を言渡された者についてまで、その応訴に要した費用を負担させることは、衡平の精神に反するという見地から設けられたものであること、その意味で、有罪判決の言渡を受けた被告人に訴訟費用を負担させることと、いわば表裏一体の関係に立つものであり、そして規定の上でも、刑訴法一八八条の六の一項によれば、補償の対象となるのは、「公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であつた者に対する報酬に限るもの」であつて、しかもその額は、刑事訴訟費用に関する法律を準用して定められ、通常の訴訟費用額算定の場合と何ら差異がないこと、また本改正法施行前に生じた費用についても、附則3項は、改正法施行後に無罪の判決が確定した事件につき、これを補償する旨を定めるのみであつて、その費用額算定に関し、特段の規定を設けていないことなどに照らせば、補償されるべき費用は、被告人または弁護人であつた者が、現に支払い、あるいは損失を余儀なくされた費用に限られ、これらをその出捐の時点の価額で補填することが制度の趣旨であるものと解せざるを得ず、とすれば、前記の旅費、日当、宿泊料などについては、各出頭の時点を基準とし、それらの各時点において効力を有していた、刑事訴訟費用に関する各法律の規定を準用して、その額を算定すべきものである。

4  弁護士報酬の算定について

請求人らは、この点に関し、日本弁護士連合会の報酬基準の最高額で補償さるべき旨主張するが、刑訴法一八八条の六の一項により準用される、刑事訴訟費用に関する法律は、旧刑事訴訟費用法(大正一〇年法律第六八号)、現行の刑事訴訟費用等に関する法律(昭和四六年法律第四一号)とも、その額は裁判所が相当と認めるところによると定めているのであり、そして右準用の法意並びに類似ないし関係する諸制度との均衡を考慮すれば、弁護士報酬として現実に支払われた金額や、日本弁護士連合会の報酬基準規定に基づく金額をもつて、当然に相当額とする趣旨とは解し難く、国選弁護人に支給される報酬額の算定基準をも参考としつつ、これに当該事件の難易、審理状況、具体的な弁護活動の内容、程度、準備費用等を勘案して決するのが相当である。

なお、右弁護士報酬算定の基準時については、前記3記載と同様の理由により、その出捐時と解するのが相当であり、そして、弁護士報酬が、各審級の終局の時点で支払われることが通常であることに鑑みれば、その額は、各審級の判決言渡時を基準として算定するのが相当である。

5  補償金額

(一)  請求人及びその弁護人であつた者に対する旅費、日当、宿泊料について

請求人に対する、前記本案事件の記録に照らせば、同事件の被告人であつた請求人及びその弁護人であつた竹田藤吉、三上直吉(原一審、原控訴審、原上告審とも。)、南出一雄、松坂清、青木正芳(再審公判)の、各公判手続における出頭の状況並びにそれについて、刑訴法一八八条の六の一項及び同条の準用する、刑事訴訟費用に関する各法令によつて算出される補償の額は、別紙旅費、日当等計算書記載のとおりであり、その合計額は、金三九万〇〇一六円である。

(二)  弁護人であつた者に対する報酬の額について

前記本案事件の記録から認められる、同事件の性質、その審理経過、開廷回数、各弁護人の訴訟活動、その準備費用等に加え、当裁判所及び仙台高等裁判所における、各審級終局当時の、国選弁護人報酬基準等をも参考にして、その報酬額を算定すれば、原一審、原控訴審、原上告審並びに再審公判の各弁護人それぞれにつき、別紙報酬計算書記載のとおり、合計金五二万五〇〇〇円を支給するのを相当と判断する。<以下、省略>

(新田誠志 渡邊雅文 及川憲夫)

別紙旅費・日当等計算書<省略>

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